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スクリーン印刷への扉

~スクリーン印刷誕生秘話~

印刷の歴史は非常に古く、ドイツの活版方式が最も古いとされています。
活版とは、鉛でつくられた活字を1字1字拾って植字する方法で、1ページ1ページを作り、組み上げたページを厚紙でプレスして紙型という型を作り、そこにまた鉛を流し込んで印刷用の版をつくり、それによって印刷するという、現在の電子製版、オフセット印刷から考えると、おそろしく手間のかかる方法でした。

ところで、スクリーン印刷の方式をいわゆるステンシル方式と考えますと、日本の捺染(なせん)方法がその母体であるといわれています。
これは、紙に漆を塗った型紙を切り抜き、布地に模様を印刷するもので、いわゆる伊勢の白子(三重県鈴鹿市白子町)がその発祥地とされています。
しかしこのステンシル法では、いわゆる二重丸を切り抜いた時に中の丸が落ちてしまいます。それを昔は、糸づりといって糸で何箇所かを結びつけていました。

捺染の糸づり
【捺染の糸づり】
切り抜いた型紙の中洲が落ちないように糸で吊った。
これが絹のスクリーンを使用する基になった。

それを大正の初めに、富山の常木という人が型紙に絹を張る方法を考案し、これが普及して大正6年には、常木氏がゼラチンによる写真製版法の特許をとるという大発明がなされています。
スクリーン印刷というと何か外国から入ってきたように思えますが、実は海外からきたものはその名称だけです。
アメリカに出かけていた万石和喜政という人が、日本の捺染界での偉大な発明であるスクリーン印刷に興味を持ち、これを持ち帰りシルクスクリーンプロセス印刷という名称で広めました。

しかし大正年間に始められたこの印刷方法も、それほどの発展を見ず戦争を迎え、わが国のスクリーン印刷は火の消えた状態となりましたが、戦後めざましい発展をとげ、ニューロング精密工業のスクリーン印刷機誕生とうまくマッチングし、基板・HIC用の電子工業会に広く使用されて今日に至っています。

スタート時、スクリーン印刷の版は紗に絹を使用したため、シルクスクリーン印刷と呼ばれていました。


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